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とらわれ
囚われ
豊島 与志雄
「早稲田文学」1915(大正4)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,848 字 · 42 页
富子はほっと吐息をした。重苦しいものが二人の間に挾ったのである。二人はそれきり沈黙のうちに、静に移ってゆく庭の日影に眼を落した。狭い庭にも秋の凋落が何時とはなしに襲っている。淋しく立った樹々の幹には孤独の影が冷たく凝結して、その向うを限った板塀の節穴から、ほろろ寒い気が流れてくる。
孝太郎は過ぎし日を思った。初秋の頃、彼は富子と二人でよく黙ったままいつまでもじっとしていることがあった。その頃女の心には悩みと儚い希望とが満ちていた。彼はその心をやさしい慰安の眼でじっと見守った。そして二人の間にはしみじみとした温情が流れていた。それがいつのまにか、彼の心には暗い影がさし、女の心にはフェータルな影がさしてきた。二人の間に交わされたものは止むすべもない数度の唇と腕との抱擁にすぎないけれど、それが二人の間の気分を全く初めと異る色に染めなしてしまった。
「私もうあなたなしには生きてゆけない。」と富子は思いつめたように囁いた。
「私達はお互に悔いの無いような途を進まなくてはなりません。あなたはふっと嫌な影が心にさすことはありませんか。」
「いえ、どうしてでしょう? 私あなたにお目にかからなかったら今頃はどうなっていたことでしょう。