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そうせきしとわたし
回想 子規・漱石
高浜 虚子
高浜虚子『回想 子規・漱石』。同一底本的分册已合并为一书。收入:漱石氏と私、子規居士と余。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 115,187 字 · 231 页
氏はまた晩年になって絵を書いたり詩を作ったりする模様であった。氏も道楽なしには日を暮す事の出来ない人であったようである。大学の先生をしている間は創作が道楽であった。創作が本職になってからは謡や絵や詩が道楽となった。
氏が大学を辞して朝日社員となって間もなく早稲田大学から氏を傭聘したいという申込みがあった。もっともそれは表向きではなく島村抱月氏から片上天弦氏を通じ私から漱石氏の意向を聞いてくれぬかという事であった。私はその事を漱石氏に話した時に氏は次の如く答えた。
「一度大学を辞した以上自分は最早大学に復帰する考えはない。もし今度何処かの学校に関係を持たねばならぬような場合が生じたら、その節は一番に早稲田大学の方に交渉を開く事にしよう。その点だけは堅く約束して置くが、今はそういう考は持たない。」とこういう返事であった。
漱石氏はまた朝日新聞社員となった以上新聞のために十分の力を尽して職責を空しくしないようにしなければならぬという強い責任感を持っていた。そこで新聞社の方では他の雑誌、少くともその出身地である『ホトトギス』に時々稿を寄せる位の事は差支ない事としていたらしかったが――これは私が渋川玄耳君から聞いた事であった――漱石氏は他の雑誌に書くとそれだけ新聞に書くべき物を怠るようになるという理由から新聞以外に