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そうせきしとわたし
回想 子規・漱石
高浜 虚子
高浜虚子『回想 子規・漱石』。同一底本的分册已合并为一书。收入:漱石氏と私、子規居士と余。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 115,187 字 · 231 页
九
十
子規居士は広島に在ってこの悲報に接したのであった。けれども居士がしみじみと古白君の死を考えたのは秋帰京してその遺書を精読してからであった。「古白逝く」という一篇の長詩は『日本人』紙上に発表された。
九
古白君の死よりも少し前であった、非風君は日本銀行の函館? の支店に転任した。
非風君は北海道に去り、古白君は逝き、子規、飄亭両君は従軍したその頃の東京は淋しかった。それでも鳴雪翁、碧梧桐君などがいたので時々俳句会はあった。俳句談に半日を消する位の事は珍らしくなかった。
古白君歿後暫くして余は京都に行った。あたかもそれは内国博覧会の開設中で疏水の横に沢山の売店が並んでいた光景などが目に浮ぶ。
京都には鼠骨君がいた。鼠骨君はその頃吉田神社前の大原という下宿にいたので余は暫く其処に同居していた。
その時突として一つの電報が余の手に落ちた。それは日本新聞社長の陸羯南氏から発したもので、子規居士が病気で神戸病院に入院しているから余に介抱に行けという意味のものであった。
十
神戸の病院に行って病室の番号を聞いて心を躍らせながらその病室の戸を開けて見ると、室内は闃として、子規居士が独り寝台の上に横わっているばかりであった。