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ちずにないまち

地図にない街

橋本 五郎

「新青年」1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,139 字 · 32 页

青空文庫

そのままシネマG館の角を曲がって、しばらく老人は姿を消した。

湯銭をこしらえて来るとはどういう意味なのであろう、まさか、盗んで来るというのではあるまいが――? 氏はいよいよ老人の正体を考えあぐんで、変な自分のこの半時間たらずの行動を、今更のようにふりかえってみるのだった。

「さあ待たした、行こう」

老人が引っ返したのは余程たってからだった。行こうというからには湯銭はできたに違いない。氏はそのことを訊ねてみようとためらいながら、ついそのままに老人にしたがって、町の名も知らぬ一軒の湯屋へ、遅いそののれんをくぐって入った。老人が五銭白銅一枚と、一銭銅貨五枚とを番台へ置くのが見えた。

着物を脱ぐ老人を、寺内氏はあらためて注視した。いや老人に集まる周囲の眼、番台の眼、そんなものを氏はさりげない風にうかがったのである。老人に対する周囲の眼が、どんな色に動くかさえ知れば、おおよそ老人の正体も知れるであろう。と考えたのだが駄目であった。都会は何から何までが個人主義だった。湯銭さえ受けとれば後は御勝手といわぬばかりに、番台の男はこくりこくりやっているし、もう数少なの客達も、皆めいめいの帰りを急いで、氏や老人に一顧さえ与える者はいなかった。