轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
キリストしんとのなぐさめ
基督信徒のなぐさめ
内村 鑑三
明治二十四年四月十九日いわゆる……「基督信徒のなぐさめ」警醒社書店、1924(大正13)年2月25日改版<br>“If I can put……「基督信徒のなぐさめ」警醒社、1896(明治29)年12月1日<br>自序「基督信徒の慰」警醒社、1893(明治26)年2月25日<br>第二版に附する自序「基督信徒のなぐさめ」警醒社、1893(明治26)年8月14日<br>回顧三十年「基督信徒のなぐさめ」警醒社、1923(大正12)年2月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,320 字 · 100 页
て沈着なる事業の計画となり、自己尊大の念は公益増進の希望と変じ、「如何にしてこの国とこの神とに事えんか」との問題について日も夜も沈思するに至る。
“When I was yet a child, no childish play
To me was pleasing; all my mind was set
Serious to learn and know, and thence to do
What might be public good; myself I thought
Born to that end.”―― Milton, Paradise Regained.
宗教にして事業心を喚起せしむるものは基督教なり、事業と宗教とは自らその性質を異にするものなりとの観念は普通人間の抱懐する所なり、事業とは活溌なる運動を意味するものにして、宗教とは清粛隠遁をいうものたるがごとし、余輩いまだ仏教の熱心家にして教理のために大事業を企てし人あるを聞かず、釈氏の理想上の人物は決して事業家にはあらざりしなり、しかれども基督教の特徴として世の事業を重ずるのみならずこれを信ずる