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へんなおとこ
変な男
豊島 与志雄
「中央公論」1923(大正12)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页
澄子はただ頭を振った。低い母の声までが無気味だった。今井さんは死ぬんじゃないかしら、とそんな気もした。辰代が水を取代えに立ってゆくと、彼女は自分でも訳の分らないことを一心に念じながら、今井の額の手拭を平手で押えてやった。ずきんずきん……という音のようなものが、手拭越しに伝わってきた。
そのうち次第に今井の熱は鎮まってゆくようだった。それでも二人は、夜明け近くまで冷してやった。ごく遠くの方から、かすかなざわめきが起ってきて、寝呆けたような汽笛の音がした。それから暫くたった頃、すやすや眠っていた今井は突然眼を開いてあたりを見廻した。
「お気がつかれましたか。」と辰代は云った。「ひどいお熱でございましたよ。」
今井はぼんやり二人の顔を見比べていたが、ふいに上半身を起しかけた。辰代がそれを引止める間もなく、其処に手をついて頭を下げた。
「有難うございました。」
そして呆気にとられてる二人の前に、はらはらと涙を流した。
「どうなすったのです! 寝ておいでなさらなければいけません。」
きつい調子でそう云いながら、辰代は彼を寝かした。彼はおとなしく頭を枕につけたが、閉じた眼瞼からは涙がにじみ出してきた。