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よるのわかば

夜の若葉

宮本 百合子

「婦人朝日」1940(昭和15)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,072 字 · 24 页

青空文庫

どっか空の奥でプロペラの顫える音がしている。目をつぶっていても瞼の裏はうす赤く透けるようで睫毛がふるえる。桃子は去年の春ごろ、順助とこの芝生の上に臥ころんでいたときのことを思い出した。今のようにして桃子が臥ている。それとならんで、両方からのばした手の先がもうすこしで触れ合うほどの距離をおいて順助も仰向けにのびている。二人とも眩ゆい日光を遮るために片腕曲げて額のところにのせていた。ちょうど今きこえているような爆音がして、碧く晴れわたった空を西へ向ってゆく機体が見えた。松の梢の上空で、すこし角度が変れば操縦者の姿も見えそうな気がする。桃子は静かな憧れと満足の響く声でいった。

「ね、私たちのこうやっているの、見えるかしら」

「さあ――あれで案外あるんだろう」

二人はなおしばらくそうやったままの姿勢で遠ざかってゆく機体を見送っていた。

実際の爆音も桃子の思い出の中の爆音も次第に微に明るい空の彼方へ消え去ったとき、急に桃子はギクッとした表情で両眼を開け、臥たまま自分の耳を疑うような眼つきをした。ちらりと聞えた声が順助そっくりだった。そんな空耳ってあるだろうか。