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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

「しかし、いつまでもここにいたって仕方がなかろう。」

「じゃ、あなたはそんなにお帰りになりたいんですか。」

「特に帰りたいというわけでもないが、僕はここの冬は知らないからね。」

冬のことに話が落ちると妻も黙る。出羽で育った妻の実家の一族も遠い時代は京から来ている模様なので、冬の来るたびに夫婦の間で繰り返されたこんな言葉も、終生つづいたことだろう。また東京の冬は一年のうちでも一番良く、雨も風も少くて光線はうらうらとして柔かい。冬の東京を思うと私はもうたまらなく懐しいが、こんなとき久左衛門はやってくると、一丈もつもるここの吹雪のことを云ってから、

「ここの鱈は美味い。ここの冬の鱈は格別じゃ。」

と、ただ一つだけ良いことを云っては、食い物でつい私の決心を鈍らせる。私はまた寒鱈が至って好きだ。それも良いなア、とふと思ったりする。

こんな気がふと起るとなかなか後が厄介だが、半道の長い駅までの吹雪の中を一番の汽車に間に合せて、それから三駅鶴岡まで通う中学一年の私の子供のことを思えば、私より一層この冬は子供にとっては難事なことだ。

「ここにいるのは、幾らいてもらっても良いでのう。