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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
どの田の稲も刈られている。見渡す平野の真正面、一里の向うに私たちの今いる姿の良い山が見える。そこまで一文字の泥路を歩くのだが、三日も見ないとやはりもう懐しくなっている荒倉山である。位のある良い山の姿だと思った。
十一月――日
朝起きて炉の前に坐った。ふといつも眼のいく山の上に一本あった楢の樹が截られてない。百円で売れたのだという。もう渡り鳥の留るのも見られなくなることだろう。
夕暮から薄雪が降って来る。洗いあげた大根の輪に包まれた清江がまだ水の傍に跼んでいる。どの家も大根の白さの中に立った壮観で、冬はいよいよこの山里に来始めたようだ。背をよせる柱の冷たさ。二股大根の岐れ目に沁みこむ夕暮どきの裾寒さ。
十一月――日
見知らぬ十八九の青年が来たので、留守をしている私が出た。身だしなみの良い、眼が丸く活き活きした青年だ。私は用を察し奥から借用の洋傘を持って来てみた。
「これでしょう、家のものがお借りしたの。どうも、どうも。」
先日、駅から雨の中を傘なしで妻と子供が帰って来たとき、後から来た見たこともない青年が、絹張りの上等の洋傘を渡した。そして、さして行けといってきかないので借りて来たが、名をいくら訊ねても隣村のものだというだけで云わない。