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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
一人の知人もなく、親類もない周囲とまったく交渉の糸の断たれた生活は、戦時の物資不足の折、危険不便は多いにちがいないが、これも振りあてられ追い詰められた最後の地であれば、自分にとっては何処よりも貴重な地だ。今はその他にどこにもないと思い、私は家族四人のものをひきつれて、この山中の農家の六畳の一室へ移ることにしたのである。すると、移って三日目に終戦になった。荷物の片づけさえもまだしてないときだ。
参右衛門(仮名)のこの家は、農家としては大きな家だ。炉間が十畳、次ぎは十二畳、その奥は十畳、その一番奥は六畳、この部屋が私の家族の室であるが、畳もなく電灯もない。炉間から背後の一列の部屋は、ここの家族たち四人の寝室で、私は覗いたことはないが、多分、十二畳と八畳の二室であろう。それから玄関横に六畳の別室があり、ここは出征中の長男の嫁の部屋になっている。勝手の板の間が二十畳ほど。すべてどの部屋にも壁がなく、柾目の通った杉戸でしきり、全体の感じは鎌倉時代そのままといって良い。私のいる奥の室には縁があって、前には孟宗竹の生えた石組の庭が泉水に対ってなだれ下っている。