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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
それにしても、眼に見える現象界のことなど、米を喰いあったり、引っ張ったりすることなどには、もう幾らか私も退屈した。これを疎かにする次第ではないが、ときどきうんざりするのは、これはどうした性癖の理由だろう。
九月――日
見ていると、農村は何もかもが習慣で動いている。考えることも、働くことも、人の悪口をいうことも。何か一つは習慣ならざることはないものかと見ているが、いまだに一つも私は発見することが出来ない。ただ一つ、米の値が十円に騰って来たこと、これには誰も驚愕置くところを知らずという表情だ。二十銭だったものが十円になったということは、も早や想像を絶したことなのだ。しかし、これも、やがて習慣になるだろう。これが習慣になれば、他の一切の現象界の習慣は顛覆していく。あるいは、農民の心の中の習慣は、これで何もかも顛覆しているのかもしれない。物の値段が百五十倍も騰って来ていて、心の値段がむかしの二十銭で踏みとまっていられるという強さは、人には赦されているかどうか。何ぜかというと、人にはそんな習慣がないからだ。
まことに考えるということは面白い。毎日毎日しているに拘らず、一つ習慣を破った出来事に突きあたると、忽ち混乱する考えというもの――習慣になった考えで、習慣ならざることについて考える狼狽さ、これが今の私や人人に起っ