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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
四
手錠を解かれた小前のものの一人は、役人の前に進み出て、おずおずとした調子で言った。
「畏れながら申し上げます。木曾は御承知のとおりな山の中でございます。こんな田畑もすくないような土地でございます。お役人様の前ですが、山の林にでもすがるよりほかに、わたくしどもの立つ瀬はございません。」
四
新茶屋に、馬籠の宿の一番西のはずれのところに、その路傍に芭蕉の句塚の建てられたころは、なんと言っても徳川の代はまだ平和であった。
木曾路の入り口に新しい名所を一つ造る、信濃と美濃の国境にあたる一里塚に近い位置をえらんで街道を往来する旅人の目にもよくつくような緩慢な丘のすそに翁塚を建てる、山石や躑躅や蘭などを運んで行って周囲に休息の思いを与える、土を盛りあげた塚の上に翁の句碑を置く――その楽しい考えが、日ごろ俳諧なぞに遊ぶと聞いたこともない金兵衛の胸に浮かんだということは、それだけでも吉左衛門を驚かした。そういう吉左衛門はいくらか風雅の道に嗜みもあって、本陣や庄屋の仕事のかたわら、美濃派の俳諧の流れをくんだ句作にふけることもあったからで。
あれほど山里に住む心地を引き出されたことも、吉左衛門らにはめずらしかった。