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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
二
彼はまた、酒の上のきげんのよい心持ちなぞから、表玄関の長押の上に掛けてある古い二本の鎗の下へ小忰を連れて行って、
「御覧、御先祖さまが見ているぞ。いたずらするとこわいぞ。」
と戯れた。
隣家の伏見屋なぞにない古い伝統が年若な半蔵の頭に深く刻みつけられたのは、幼いころから聞いたこの父の炬燵話からで。自分の忰に先祖のことでも語り聞かせるとなると、吉左衛門の目はまた特別に輝いたものだ。
「代官造りという言葉は、地名で残っている。吾家の先祖が代官を勤めた時分に、田地を手造りにした場所だというので、それで代官造りさ。今の町田がそれさ。その時分には、毎年五月に村じゅうの百姓を残らず集めて植え付けをした。その日に吾家から酒を一斗出した。酔って田圃の中に倒れるものがあれば、その年は豊年としたものだそうだ。」
この話もよく出た。
吉左衛門の代になって、本陣へ出入りの百姓の家は十三軒ほどある。その多くは主従の関係に近い。吉左衛門が隣家の金兵衛とも違って、村じゅうの百姓をほとんど自分の子のように考えているのも、由来する源は遠かった。
二
「また、黒船ですぞ。」
七月の二十六日には、江戸からの御隠使が十二代将軍徳川家慶の薨去を伝えた。