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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

下民百姓の目をさまさせまいとすることは、長いこと上に立つ人たちが封建時代に執って来た方針であった。しかし半蔵はこの街道筋に起こって来た見のがしがたい新しい現象として、あの牛方事件から受け入れた感銘を忘れなかった。不正な問屋を相手に血戦を開き、抗争の意気で起って来たのもあの牛行司であったことを忘れなかった。彼は旅で思いがけなくその人から声をかけられて見ると、たとい自分の位置が問屋側にあるとしても、そのために下層に黙って働いているような牛方仲間を笑えなかった。

木曾福島の関所も次第に近づいた。三人ははらはら舞い落ちる木の葉を踏んで、さらに山深く進んだ。時には岩石が路傍に迫って来ていて、高い杉の枝は両側からおおいかぶさり、昼でも暗いような道を通ることはめずらしくなかった。谷も尽きたかと見えるところまで行くと、またその先に別の谷がひらけて、そこに隠れている休み茶屋の板屋根からは青々とした煙が立ちのぼった。桟、合渡から先は木曾川も上流の勢いに変わって、山坂の多い道はだんだん谷底へと降って行くばかりだ。半蔵らはある橋を渡って、御嶽の方へ通う山道の分かれるところへ出た。