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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
それに比べると、ここにある鮪の刺身の新鮮な紅さはどうだ。その皿に刺身のツマとして添えてあるのも、繊細をきわめたものばかりだ。細い緑色の海髪。小さな茎のままの紫蘇の実。黄菊。一つまみの大根おろしの上に青く置いたような山葵。
「こう三人そろったところは、どうしても山の中から出て来た野蛮人ですね。」
赤い襟を見せた給仕の女中を前に置いて、寿平次はそんなことを言い出した。
「こんな話があるで。」と佐吉も膝をかき合わせて、「木曾福島の山村様が江戸へ出るたびに、山猿、山猿と人にからかわれるのが、くやしくてしかたがない。ある日、口の悪い人たちを屋敷に招んだと思わっせれ。そこが、お前さま、福島の山村様だ。これが木曾名物の焼き栗だと言って、生の栗を火鉢の灰の中にくべて、ぽんぽんはねるやつをわざと鏃でかき回したげな。」
「野性を発揮したか。」
と寿平次がふき出すと、半蔵はそれを打ち消すように、
「しかし、寿平次さん、こう江戸のように開け過ぎてしまったら、動きが取れますまい。わたしたちは山猿でいい。」
と言って見せた。
食後にも三人は、互いの旅の思いを比べ合った。江戸の水茶屋には感心した、と言うのは寿平次であった。