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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

妻籠本陣青山寿平次殿へ、短刀一本。ただし、古刀。銘なし。馬籠本陣青山半蔵殿へ、蓬莱の図掛け物一軸。ただし、光琳筆。山上家の当主、七郎左衛門は公郷村の住居の方にいて、こんな記念の二品までも用意しながら、二人の珍客を今か今かと待ち受けていた。

「もうお客さまも見えそうなものだぞ。だれかそこいらまで見に行って来い。」

と家に使っている男衆に声をかけた。

半蔵らが百里の道も遠しとしないで尋ねて来るという報知は七郎左衛門をじっとさせて置かなかった。彼は古い大きな住宅の持ち主で、二十畳からある広間を奥の方へ通り抜け、人一人隠れられるほどの太い大極柱のわきを回って、十五畳、十畳と二部屋続いた奥座敷のなかをあちこちと静かに歩いた。そこは彼が客をもてなすために用意して待っていたところだ。心をこめた記念の二品は三宝に載せて床の間に置いてある。先祖伝来の軸物などは客待ち顔に壁の上に掛かっている。

七郎左衛門の家には、三浦氏から山上氏、山上氏から青山氏と分かれて行ったくわしい系図をはじめ、祖先らの遺物と伝えらるる古い直垂から、武具、書画、陶器の類まで、何百年となく保存されて来たものはかなり多い。