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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

燈火なしには話も見えないほど座敷の内は暗かった。お民ももはや二十四で、二人子持ちの若い母だ。奥から行燈を運んで来る彼女の後ろには、座敷の入り口までついて来て客の方をのぞく幼いものもある。

時ならぬ行燈のかげで、半蔵と香蔵の二人は風雨の音をききながら旧師のことを語り合った。話せば話すほど二人はいろいろな心持ちを引き出されて行った。半蔵にしても香蔵にしても、はじめて古学というものに目をあけてもらった寛斎の温情を忘れずにいる。旧師も老いたとは考えても、その態度を責めるような心は二人とも持たなかった。飯田の在への隠退が旧師の晩年のためとあるなら、その人の幸福を乱したくないと言うのが半蔵だ。親戚としての関係はとにかく、旧師から離れて行こうと言い出すのが香蔵だ。

国学者としての大きな先輩、本居宣長ののこした仕事はこの半蔵らに一層光って見えるようになって来た。なんと言っても言葉の鍵を握ったことはあの大人の強味で、それが三十五年にわたる古事記の研究ともなり、健全な国民性を古代に発見する端緒ともなった。儒教という形であらわれて来ている北方シナの道徳、禅宗や道教の形であらわれて来ている南方シナの宗教――それらの異国の借り物をかなぐり捨て、一切の「漢ごころ」