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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
武士が刀を質に入れて、庄屋の衆が弓をはじめるか。世の中も変わりましたね。」
「得右衛門さんはそう言うけれど、わたしはもっとからだを鍛えることを思いつきましたよ。ごらんなさい、こう乱脈な世の中になって来ては、蛮勇をふるい起こす必要がありますね。」
寿平次は胸を張り、両手を高くさし延べながら、的に向かって深く息を吸い入れた。左手の弓を押す力と、右手の弦をひき絞る力とで、見る見る血潮は彼の頬に上り、腕の筋肉までが隆起して震えた。背こそ低いが、彼ももはや三十歳のさかりだ。馬籠の半蔵と競い合って、木曾の「山猿」を発揮しようという年ごろだ。そのそばに立っていて、混ぜ返すような声をかけるのは、寿平次から見れば小父さんのような得右衛門である。
「ポツン。」
「そうはいかない。」
とりあえず寿平次らは願書の草稿を作りにかかった。第一、伊那方面は当分たりとも増助郷にして、この急場を救い、あわせて百姓の負担を軽くしたい。次ぎに、御伝馬宿々については今回の御下向のため人馬の継立て方も嵩むから、その手当てとして一宿へ金百両ずつを貸し渡されるよう。ただし十か年賦にして返納する。当時米穀も払底で、御伝馬を勤めるものは皆難渋の際であるから、右百両の金子で、米、稗、大豆を買い入れ、人馬役のものへ割り渡したい。