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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
「助郷のことは、これからが問題だぞ。今までのような御奉公じゃ百姓が承知しまい。」
と吉左衛門は炬燵の上に手を置きながら、半蔵に言って見せた。
その日半蔵はお下げ金のことで金兵衛の知恵を借りて、御通行の日から残った諸払いをした。やがてそのあと始末もできたころに、人の口から口へと伝わって来る江戸の方のうわさが坂下門の変事を伝えた。
決死の壮士六人、あの江戸城の外のお濠ばたの柳の樹のかげに隠れていたのは正月十五日とあるから、山家のことで言えば左義長の済むころであるが、それらの壮士が老中安藤対馬の登城を待ち受けて、まず銃で乗り物を狙撃した。それが当たらなかったので、一人の壮士が馳せ寄って、刀を抜いて駕籠を横から突き刺した。安藤対馬は運強く、重傷を被りながらも坂下門内に駆け入って、わずかに身をもって難をまぬかれた。この要撃の光景をまるで見て来たように言い伝えるものがある。
「またか。」
という吉左衛門にも、思わず父と顔を見合わせる半蔵の胸にも、桜田事変当時のことが来た。
刺客はいずれも斬奸趣意書なるものを懐にしていたという。これは幕府の手で秘密に葬られようとしたが、六人のほかに長州屋敷へ飛び込んで自刃した壮士の懐から出て来たもので明らかにされ、それからそれへと伝えられるようになった。