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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
馬籠本陣の前まで来ると、そこの門前には諸大名通行のおりの定例のように、すでに用意した札の掲げてあるのを見た。
松平大膳太夫様 御休所
松平大膳太夫とあるは、この大名のことで、長門国三十六万九千石の領主を意味する。
その時、半蔵は出て、一行の中の用人に挨拶した。
「わたしは吉左衛門の忰でございます。父はこの四月から中風にかかりまして、今だに床の上に臥たり起きたりしております。お昼は申し付けてございますが、何か他に御用もありましたら、わたしが承りましょう。」
「御主人は御病気か。それはおだいじに。ここから中津川まで何里ほどありましょう。」
「三里と申しております。ここの峠からは下りでございますから、そうお骨は折れません。」
この半蔵の言葉を聞くと、用人は本陣の門の内外を警衛する人たちに向かって、
「諸君、中津川まではもう三里だそうですよ。ここで昼食をやってください。」
と呼んだ。
馬籠の宿ではその日より十日ほど前に、彦根藩の幼主が江戸出府を送ったばかりの時であった。十六歳の殿様、家老、用人、その時の同勢はおびただしい人数で、行列も立派ではあったが、もはや先代井伊掃部頭が彦根の城主としてよくこの木曾路を往来したころのような気勢は揚がらない。