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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
「これはお前の方へ渡す。」
父は半蔵の方で言おうとすることを聞き入れようともしなかった。親の譲るものは、子の受け取るべきもの。そうひとりできめて、いろいろな事務用の帳面や数十通の書付なぞをそこへ取り出した。村方の関係としては、当時の戸籍とも言うべき宗門人別から、検地、年貢、送籍、縁組、離縁、訴訟の手続きまでを記しつけたもの。
「これも大切な古帳だ。」
と吉左衛門は言って、左の手でそれを半蔵の方へ押しやった。木曾山中の御免荷物として、木材通用の跡を記しつけたものだった。森林保護の目的から伐採を禁じられている五木の中でも、毎年二百駄ずつの檜、椹の類の馬籠村にも許されて来たことが、その中に明記してあった。
「なんだかおれも遠く来たような気がする。」と吉左衛門は言った。「おれの長い道づれはあの金兵衛さんだが、どうやらけんかもせずにここまで来た。まあ、何十年の間、おれはほとんどあの人と言い合ったことがない。ただ二度――そうさ、ただ二度あるナ。一度はお喜佐と仙十郎(上の伏見屋の以前の養子)の間にできた子供のことで。今一度は古い地所のことで。半蔵は覚えがあろう、あの地所のことでは金兵衛さんが大変な立腹で、いったい青山の欲心からこんなことが起こる、末長く御懇意に願いたいと思っているのに今からこんな問題が起こるようでは孫子の