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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

その時の家茂の言葉に、朝廷を尊崇して参内する身に危害を加えようとするもののあるべき道理がない、もしこんな懐剣を隠し持つとしたら、それこそ朝廷を疑い奉るにもひとしい、はなはだもって無礼ではないかと。それにはかたわらに伺候していた老中板倉伊賀守も返す言葉がなくて、その懐剣をしりぞけてしまったという。その時、将軍はすでに朝服を着けていた。参内するばかりにしたくができた。麻を着けた五十人あまりの侍衆がその先を払って、いずれも恐れ入った態度を取って、ひそやかに二条城を出たのは三月七日の朝のことだ。台徳公の面影のあると言わるる年若な将軍は、小御所の方でも粛然と威儀正しく静座せられたというが、すべてこれらのことは当時の容易ならぬ形勢を語っていた。

この将軍の上洛は、最初長州侯の建議にもとづくという。しかし京都にはこれを機会に、うんと関東方の膏を絞ろうという人たちが待っていた。もともと真木和泉らを急先鋒とする一派の志士が、天下変革の兆もあらわれたとし、王室の回復も遠くないとして、攘夷をもってひそかに討幕の手段とする運動を起こしたのは、すでに弘化安政のころからである。