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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
川には橋もない。山から伐って来た材木を並べ、筏に組んで、村の人たちや登山者の通行に備えてある。半蔵は三沢というところでその渡しを渡って、日の暮れるころに禰宜の宮下の家に着いた。
「皆さんは馬籠の方から。それはよくお出かけくださいました。馬籠の御本陣ということはわたしもよく聞いております。」
と言って半蔵を迎えるのは宮下の主人だ。この禰宜は言葉をついで、
「いかがです。お宅の方じゃもう花もおそいでしょうか。」
「さあ、山桜が三分ぐらいは残っていましたよ。」と半蔵が答える。
「それですもの。同じ木曾でも陽気は違いますね。南の方の花の便りを聞きましてから、この王滝辺のものが花を見るまでには、一月もかかりますよ。」
「ね、お師匠さま。わたしたちの来る途中には、紫色の山つつじがたくさん咲いていましたっけね。」
と勝重も言葉を添えて、若々しい目つきをしながら周囲を見回した。
半蔵らは夕日の満ちた深い谷を望むことのできるような部屋に来ていた。障子の外へは川鶺鴒も来る。部屋の床の間には御嶽山蔵王大権現と筆太に書いた軸が掛けてあり、壁の上には注連繩なぞも飾ってある。
「勝重さん、来てごらん、これが両部神道というものだよ。