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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

23 他生の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,722 字 · 286 页

青空文庫

家ではまたナゼこういう病人を一人で手放して置くのだろうと、それを心もとなく思っていると、娘は恥かしそうに、

「もし……あなた、そこいらに茂太郎が見えましたら、お帰りにぜひおつれ下さいましな」

それでは、やっぱり連れがいたのか……そこへにわかに雲がまいて来ました。

日本寺の裏山はすなわち鋸山で、名にこそ高い鋸山も、標高といっては僅かに三百メートルを越えないのですから、そうにわかに雲を呼び、風を起すほどの山ではありません。しかし、このとき、にわかに雲がまいて来たのは、比較的、風が強かったせいでしょう。山も、木萱も、一時にざわめいてきました。

髪と着物の裾をこの風と雲とに存分に吹きなぶらせて、山を駈けおりる女は、羅漢様の首ばかりを後生大事に抱いて、

「いやな人……」

九

駒井甚三郎はその晩は日本寺へ泊り、翌る日は予定の通り船へ戻ると、船も予定の通りに館山へ向けて出帆したものですから、多分、無事に洲崎へ着いていることでしょう。

これよりさき、保田の町へ入り込んだ田山白雲は岡本兵部の家へおちつき、その夜は兵部の家の一間で、熱心に主人が秘蔵の仇十洲の回錦図巻を模写しておりました。