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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

24 流転の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,272 字 · 313 页

青空文庫

鼻っぱしをガリガリと噛られては堪らない。しかし、よく見れば道庵の鼻は完全に付いているし、四方を見ても、何物も道庵を脅しに来たものの形跡を認められない。

「危ねえ、危ねえ、こんなところに泊っちゃあいられねえ、たしかに今、おれの鼻っぱしを噛りに来た奴がある」

といって道庵は、しきりにおびえながら、その荷物を掻き集めて、こんなところには一刻もいられないというような身ぶりをする。

ははあ、それでは、さいぜんのあの犬に似て犬でないのがやって来て、道庵の寝込みを襲ったのか。

慌てながら、うろたえている道庵を見ると、ブルブルと胴ぶるいが止まない。怖いばかりではない、寒いのだ。酔っているうちこそいい心持で寝ていたが、多少醒めては、川原のまん中へ莚敷では堪るまい。怖いのでうろたえているのか、寒いのに怖れをなしたのか、とにかく、眼を醒ました道庵が、一刻もここにいられないという心を起したことは確かですから、米友も出立の用意をする。

出立の用意といったところで今は真夜中過ぎ、一里の道を善光寺に着いたところで、まだ戸をあけている家はあるまい。第一、つい眼のさきの丹波島の渡し場だって、舟を出すまいではないか。