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てんぐ

天狗

大坪 砂男

「宝石 七、八月合併号」岩谷書店、1948(昭和23)年8月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,545 字 · 19 页

青空文庫

で、喬子のきまった散歩時間を待ちうけて「蕎麦が悪かったのです……」以下理路を辿って早口に説明にかかった。早口を用いたのは相手の時間に敬意を表したからである。

「あの、わたくし存じませんわ」

喬子は一言を後に、さわさわと行ってしまった。女の軽はずみな、存じませんからこそ教えようとする好意さえすりぬけて、それは甚だ無智に近く、然も人を見下した邪心の姿が尾を引いていた。

事ここに至っては、ゆがみは更にひずみを加えて、きらきらと散乱する光は物の形にとりまとめようもなく、最後の唯一の手段として手紙を書いた。文字に記されたことで秩序は一層正しくなり、さらに蕎麦から大腸の蠕動に至る間に附け加えて深夜に及ぶ著作中絶えず塩豆を口に入れた件を書き添えたのは、事実とは相違があっても、嘘とまで言えない修辞上の苦心だった。論理に誤りないのを確めるのに時間がかかって、喬子の午後の散歩に間に合せることができず、夜の入浴時間に廊下で手渡すことにした。

「あの、わたくし、ご紹介も頂かない方のお手紙は拝見しないことにしておりますの」

喬子は手も触れず、然も風呂まで中止して自室に帰ってしまった。