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ちぎりきぬ
契りきぬ
山本 周五郎
「ロマンス」ロマンス社、1949(昭和24)年10月~11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,757 字 · 66 页
猿山というのはこの城下から北に当る。太田川の支流の浅井川というのを三里ばかり遡のぼった、谷あいにある温泉場で、胃腸によく効くといわれ、まわりが紅葉の名所であるのも加えて、かなり遠くからも湯治客が絶えず、宿も三十軒ばかりあって繁昌していた。『みよし』の女あるじの、慥か叔母かなにかに当るひとが、その猿山のかなり大きな温泉宿ののちぞえにいっていて、秋になると遊びにゆくのだということをおてつが云っていた。
――十月になると山鳥だの鶫だのがうんとこさ獲れるんだよ、そのまた美味いったら、……三度三度、あたしゃ幾日食べても飽きないね。
そんな話もたびたび聞かされたものだ。
「するとその宿の主人が」伊代は可笑しそうに続けた、「――大事な客だと思っていたのでしょうね、自分で盤だの駒だのなんぞ運んで来て、ひとつ拝見を、……って側へ坐ったのですと」
二人はまだ覚えたばかりで、ひとに見られるのは迷惑だった。しかし主人は動くようすがないので、しかたなしにともかくも駒を並べた。さて並べ終ってみると、互いの飛車と角が同一の筋にある。
――おい北原、おまえ飛車と角があべこべじゃないか、角がこっちだろう。