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ちぎりきぬ
契りきぬ
山本 周五郎
「ロマンス」ロマンス社、1949(昭和24)年10月~11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,757 字 · 66 页
衣巻が確信のない口ぶりでこう云った。精之助もそう云われると困った、自分は正しく並べたつもりである、が、そう云えばそうのようにも思えた。
――いや角は慥か、……こっちだろう。
――そうかな、おれはそうは思えないがね。
なんとも醜態である。なんともひっこみのつかない感じで、衣巻が、側にいる宿の主人にきいてみた。角と飛車はどう並べるべきか、二人のどちらが正しいか、――こうきいてみた。すると主人は唸って、首をかしげて、もういちど唸って、
――さて、私もそこまでは存じません。
こう云ったということである。
「そこまでは知らないといって、なつさん駒の並べかたにそこもなにもないじゃありませんか、あたし可笑しくって可笑しくって……」
謡はそのころまだ続けていた。五日にいちどずつ師匠が稽古をつけに来る。そういう日は師匠が帰ってからも、独りでよく復習しているが、それはそういうものを聞く耳をもたないおなつにも、きわめてけげんなはがゆいものに思われた。――初めて彼の居間へ茶を淹れにいったときのことであるが、こちらで湯をさまし、茶を淹れていると、彼はその謡の復習をしていた。