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ちぎりきぬ
契りきぬ
山本 周五郎
「ロマンス」ロマンス社、1949(昭和24)年10月~11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,757 字 · 66 页
そして彼は二俣まで送ってくれ、そこから川を越して越前へ去っていった。
猿山へ着いて『むろい』というその宿をみつけるまでは、不安で暗澹とした気持だった。しかしその宿の古い看板を見たときおてつの話のなかで慥かに聞いた屋号だと思い、迷わずに台所口へはいっていった――ちょうど紅葉のさかりの季節で、人手の欲しいときだったのも仕合せだった。おかみさんに会いたいというとすぐあげてくれ、そこでおなつはなにもかもうちあけて語った。
おてつの叔母に当るというその人は、色の白い肥えた体つきで、もう五十を越しているというのに、七八つも若くみえた。血つづきのせいかおてつに似て、おおまかな侠気はだな性分らしく、しかしさすがにおてつよりは遙におちついた、大きな宿の主婦らしい貫禄があった。
「ああよくわかりました、ちょうど人の欲しいときでもあるし、よかったらいて貰いますよ」
いねというその主婦はすぐ承知してくれた。それから、ちょっと考えるような眼をして云った。
「いま聞いた話は、あたしはみんなこの場で忘れてしまいますよ、あなたも忘れておしまいなさい、うちと相談をして、うちのひとの遠縁の者だというふうにでもしましょう」