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おんなけんし
女剣士
「小説新潮 第八巻第八号」1954(昭和29)年5月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,694 字 · 74 页
しかし、モグラの味、うまかった。食うほどにうまい。そのたびにホロリとした。
秋がきた。山の秋は天が落ちるような速力で訪れる。そして、深まる。けぶるような冷い雨がつづく。朝之助には滝の裏の沐浴すらも身にしみて堪えがたいようになった。そして滝壺から上る道が息が切れて難渋するようになった。
「そろそろ里へ帰ろうか」
そう思うようになった。めっきり痩せてしまったが、今さらこの山中で昔日の苦業の気力や体力をとり戻そうとするような意地は残っていなかった。このまま痩せて骨になるか、里へ戻るか、どっちかだ。トンボもいなくなってきたが、トンボの代りに霞を吸ってうたたねができるなら山にいたいが、仙人になる見込みもない。所詮、雑兵であった。
どのツラさげてわが家へ帰れるか、というような意地もなくなってきたのである。雑兵である、愚人である、むしろ石にとまった一匹のトンボのようなものだ。わが家へ帰るとは、石の代りにタタミにとまりに行くようなものだ。しかし、いかに一匹のトンボでもわが家へ戻るには門をくぐり入口を通らなければならないから、多少は山帰りの何物からしい作法というものが必要だ。