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こうじんぶつ

好人物

豊島 与志雄

「読売評論」1950(昭和25)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,567 字 · 21 页

青空文庫

而も、家の者たちに対してではなく、僕に対してに違いない。彼女はよく、いろいろな物を買って来てくれた。女中には、下駄だの足袋だの手拭など。母と圭一には、菓子や果物など。そして彼等の間に気まずい点はどこにもなさそうである。冗談を言って笑ったりしている。

僕に対してだけ、三千子はちとおかしい。それが次第に昂じてゆくらしい気配さえある。どういうことになるだろうかと、多少の興味も持たれてきたが、案外、つまらなく済んでしまった。

二週間ばかりたった或る夜、彼女は来なかった。平素より少し遅くまで起きていてやったが、表には呼鈴もあるからと思って、僕は寝た。

翌朝午前中、彼女は来た。朝寝坊の彼女にしては早すぎる。寝不足らしい蒼ざめた顔色だ。書斎にはいって来て、火鉢の横にぴたりと坐った。

「昨晩、お待ちなすったの。」

詰問するような調子だ。

「少し遅くまで起きてたが、来ないから、先に寝たよ。」

「そう、わたしのこと、心配じゃなかったの。」

「なぜ?」

「心配なんか、なさらなかったのね。」

「心配するようなこと、なにもないじゃないか。」

「そう。」

彼女は黙って暫く考えていた。女が黙って考えこむことなんか、どうせ下らないことにきまっている。