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こうじんぶつ

好人物

豊島 与志雄

「読売評論」1950(昭和25)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,567 字 · 21 页

青空文庫

ところが、彼女はひどく朝寝坊で、僕が起きてもまだ寝ていて、たいてい十時すぎでなければ起きて来ない。それから一時間ばかりかけて、丁寧なお化粧が始まる。御婦人のお化粧は覗くものではないから、僕はその場を避けるのだが、一時間もかかって何をしてることか。

お化粧に入念な代り、他の事には彼女は全く手を出さない。布団をたたむことさえしない。食器を台所に片附けもしない。ましてや室の掃除などもしない。すべて女中任せで、手伝おうともしない。旅館に泊ってるのと全く同じ態度だ。それかといって、泰然自若としてるのではなく、なにか苛ら苛らしてるようだ。新聞に目を通しながら、ばさっと大きな音をさせて裏返したりする。

「あなた、呆れたでしょう。」

何のことを言ってるのか、僕には見当がつかない。

「呆れたと仰言いよ。」

眉を吊りあげて、じっと見入ってくる。

僕は頬笑むだけだ。

「ほんとのこと、言ってよ。」

「だって、何を呆れていいのか、僕には分らないね。」

「どうせ、あなたは、そうでしょうよ。」

新聞をばさばさ折りたたんで、二階の室に上ってゆく。

なにか腹を立ててるんだな、と僕も思うのだが、然し、腹を立てる理由なんかどこにもない筈だ。