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つまのこと

妻のこと

江戸川 乱歩

「わが夢と真実」東京創元社、1957(昭和32)年8月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,803 字 · 8 页

青空文庫

それ故、手紙は書いても、ほとんど会わなかったし、接吻はもちろん、握手一つしたこともないのである。

ところが、私は鳥羽に一年余りいるうちに、料理屋などに片っぱしから借金を作り、とうとう居たたまらなくなって、夜逃げをしてしまった(作家になってから、その借金は返済した)。そして、東京へ出て、何のあてどもなく放浪しているうちに、私の母方の祖母が死に、そのヘソクリの二千円余りを私の弟と、私の甥が折半して分けてもらったので、私は兄弟三人で、千円のもとでで、東京の団子坂通りに古本屋の店をひらくことにして、やっと窮況を脱した。

しかし、いくら物価のやすい時分でも(大学出の月給が四、五十円)千円で商売ができるものではない。その上に、鳥羽でのグレン隊仲間であった旧友が、二人も会社を首になって上京し、私たちの店へ同居することになり、その友達と商売そっちのけで浅草歌劇の後援会などをやったものだから店の本は売り喰いで、補充がつかず、棚にはだんだん隙間ができてくる。仕方がないので、隙間には本の外箱だけを並べてごまかすという惨状であった。

そこで、商売は弟二人にまかせて、私は東京パックの編集を引き受けたり、レコード・コンサートで儲けたり、ついには、深夜チャルメラを吹いて車を挽き廻る支那ソバ屋までやったものである。