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おばすて
姨捨
堀 辰雄
「文藝春秋」1940(昭和15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,351 字 · 20 页
もとの飼主がそれを捜していて、見つかりでもするといけないと思って、二人だけでこっそりとそれを飼ってやっていると、猫はもう婢たちの方へは寄りつきもせず、いつも二人にばかり絡みついていて、物もきたなげなのは顔をそむけて食べようともしなかった。
一度、姉がわずらって、何かと手が無かったものだから、その猫を婢たちのいる北面にやり放しにして置いたことがあった。猫は、その間じゅう、北面の方で苦しそうに泣きつづけていた。――すると、わずらっていた姉がふいと目を醒まして、「猫はどこにいるの。こっちへよこしておくれ」と云うので、「どうかなすって」と少女が云うと、姉はいましがた見た夢を話した。なんでもその猫が寝ている姉の傍らに来て、こんな事を言ったのだそうだった。
「実はわたくしは侍従大納言殿の姫君の生れ変りなのでございます。前世からの因縁がありますのか、この中の君がわたくしの事を大そう哀れがって思い出しなさいますので、只暫くの間、此処に参っておりましたのに、今のように婢たちの中にばかり押し据えられておりましては、なんともつらくてなりませぬ」――一人の品のよい、美しいお方が自分の傍で泣き泣きそんな事を云われているように思って、驚いて目を醒ますと、それはさっきから泣きつづけている猫の声だったと云う事だった。