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おんなけいず

婦系図

泉 鏡花

「やまと新聞」1907(明治40)年1~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 172,760 字 · 343 页

青空文庫

どこへ引越される、と聞きましたら、(引越すんじゃない、夜遁げだい。)と怒鳴ります仕誼で、一向その行先も分りませんが。」

先生哄然として、

「はははは、事実ですよ。掏摸の手伝いをしたとかで、馬鹿野郎、東京には居られなくなって、遁げたんです。もうこちらへも暇乞に来ましたが、故郷の静岡へ引込む、と云っていましたから、河野さんの本宅と同郷でしょう。御相談なさるには便宜かも知れません。……御随意に、――お引取を。」

ああ、媒酌人には何がなる。黄色い手巾を忘れて、礼之進の帰るのを、自分で玄関へ送出して、引返して、二階へ上った、酒井が次のその八畳の書斎を開けると、そこには、主税が、膳の前に手を支いて、畏って落涙しつつ居たのである。夫人も傍に。

先生はつかつかと上座に直って、

「謹、酌をしてやれ。早瀬、今のはお前へ餞別だ。」

五十八

主税は心も闇だったろう、覚束なげな足取で、階子壇をみしみしと下りて来て、もっとも、先生と夫人が居らるる、八畳の書斎から、一室越し袋の口を開いたような明は射すが、下は長六畳で、直ぐそこが玄関の、書生の机も暗かった。

さすがは酒井が注意して――早瀬へ贐、にする為だった――道学者との談話を漏聞かせまいため、先んじて、今夜はそれとなく余所へ出して置いたので。