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おんなけいず

婦系図

泉 鏡花

「やまと新聞」1907(明治40)年1~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 172,760 字 · 343 页

青空文庫

かつ散る紅、靡いたのは、夫人の褄と軒の鯛で、鯛は恵比寿が引抱えた処の絵を、色は褪せたが紺暖簾に染めて掛けた、一軒(御染物処)があったのである。

廂から突出した物干棹に、薄汚れた紅の切が忘れてある。下に、荷車の片輪はずれたのが、塵芥で埋った溝へ、引傾いて落込んだ――これを境にして軒隣りは、中にも見すぼらしい破屋で、煤のふさふさと下った真黒な潜戸の上の壁に、何の禁厭やら、上に春野山、と書いて、口の裂けた白黒まだらの狗の、前脚を立てた姿が、雨浸に浮び出でて朦朧とお札の中に顕れて活るがごとし。それでも鬼が来て覗くか、楽書で捏ちたような雨戸の、節穴の下に柊の枝が落ちていた……鬼も屈まねばなるまい、いとど低い屋根が崩れかかって、一目見ても空家である――またどうして住まれよう――お札もかかる家に在っては、軒を伝って狗の通るように見えて物凄い。

フト立留まって、この茅家を覗めた夫人が、何と思ったか、主税と入違いに小戻りして、洋傘を袖の下へ横えると、惜げもなく、髪で、件の暖簾を分けて、隣の紺屋の店前へ顔を入れた。

「御免なさいよ、御隣家の屋を借りたいんですが、」

「何でございますと、」