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こをうばう
子を奪う
豊島 与志雄
「中央公論」1921(大正10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页
」
それでも彼女はびくともしなかった。彼女の存在は無意識的に、自分一個の生活よりも、更に広い生活を欲していた。たとい自分の一部を犠牲にしても、次の時代の母となりたがっていた。依子を引取ることによって、奇蹟のように自分に児が出来るならば、それに越したことはなかったが、たとい児が出来ないまでも、それは少くとも美しい感動すべき行いだった。そして依子を実子のように愛したら……。
兼子と幾代とは、間接に依子の面倒を見てる瀬戸の伯父に、相談してみた。酒肥りの大ざっぱな瀬戸は、即座に賛成した。そして自ら進んで彼に説いた。彼は諾否の返答を与えなかった。然し皆にとっては、決答がないのは承諾と同じだった。
「私が内々向うの意向を探ってみましょう。」と幾代は云った。
幾代が一人で出かけてくれたことは、彼にとって嬉しいことだった。然しそれに自ら気付くと、いつのまにか自分も茲まで引きずられてきたことが、驚いて顧みられた。
「一体お前自身は、そうしたいのかしたくないのか?」と彼は自ら反問してみた。何とも云えない嫌な気持ちになった。信じきってるような兼子の顔を見ると、狼狽の気持まで更につけ加わった。