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こをうばう

子を奪う

豊島 与志雄

「中央公論」1921(大正10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页

青空文庫

然し兼子に子供が出来ないということは、まだ確定した事実ではなかった。ただ四年間の結婚生活によって裏書きされてるのみだった。不妊の「かも知れない。」を肯定するならば、手術の効果の「かも知れない。」をも肯定していいわけだった。然し幾代も兼子も手術を嫌った。そして、不妊の「かも知れない。」を肯定しっつ、それを実は打ち消そうとしていた――奇蹟を信ずるような心で。

「よその子供を育てると、不思議に家でも児が出来る。」

馬鹿、馬鹿! と彼はやけに首を振った、そんな迷信で生活の調子を狂わしてはいけない。子供とはいえ、一人の存在を弄んではいけない。

「そんなら、」と兼子は云った、「私にはその子供を愛せられないと思っていらっして?」

然し彼から云わせると、それがなおいけなかったのだ。愛しようと欲することと愛するという事実とは、別なものであった。彼女はそれを混同していた。他の女と良人との間の子を引取って、それを実の母のように愛すること――愛したいということ、其処に彼女の任侠的な感傷があった。そして子供の上に一種の美しい幻を投げかけていた。

「僕はお前を愛するから、」と彼は云った、「僕の過去の暗い罪で、お前の生活を乱したくない。