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こをうばう
子を奪う
豊島 与志雄
「中央公論」1921(大正10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页
念のためにも一度測ったが、やはり同じだった。険しい息使いももう静まっていた。ただ脈が非常に速かった。そして全体がぐったりしていた。
彼と兼子とは着物に着換えてきた。そして枕頭についていた。いつまでたっても、依子はすやすや眠ってるらしかった。起きていても仕方がなかった。依子の三方に床を敷いた。裾の方に幾代が寝、彼と兼子とが左右に寝た。
彼はどうしても眠れなかった。眠れないと意識すればするほど、益々眼が冴えてきた。無理につぶった眼を開くと、兼子がじっとこちらを見ていた。二人の間には少し下手寄りに、依子の房々としたお河童さんが、夜着の白い襟から覗いていた。彼は眼を閉じた。暫くして眼を開くと、兼子がまたこちらを見ていた。然し瞬間に彼女は眼瞼を閉じた。彼はその顔を見つめた。淡い電気の光りを受けた顔は、蝋のようにだだ白くて艶がなかった。一種の陰影が眼の凹みと口元とに深く湛えて、細そりとした頬をすっと掠めていた。高い鼻筋と細い眉とが、淋しいほど清らかだった。乾いた薄い唇が、色褪せてきっと結ばれていた。彼はそういう顔を、今初めて見るかのようにじっと見つめた。彼女は彼の視線を感じてか、静かに寝返りをした。