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いえのはなし

家の話

柳田 国男

「奉公」奉公会、1918(大正7)年1月~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,799 字 · 23 页

青空文庫

しかし彼等とても、そう無造作には断念はしなかった。大和十津川は維新の際まで皇室の御料地で、南朝以来の由緒あるによって、今でも全村の農民ことごとく士族である。分家をすれば平民となるのが辛さに、縁もゆかりもない絶家を続ぐ風習がはなはだ旺んである。明治二十二年の大洪水に屋敷耕地の過半がなくなって、どうしても住み続ける事ができなくなった、そこで北海道の新十津川村を拓いたのである。新十津川村は一望無限の平野で、いかなる小民でも五町歩の土地を所有することができた。それならば我も彼もこの新しい境涯に赴くかと思いのほか、やはり一軒の家から兄は行き弟は止まり、父と子と別れて、結局大和の本村も、大なる戸数の減少は見なかった。地侍が事実上の帰農をした時分にも、同じ現象が行われた。多くある兄弟の中ならば、必ず一人や二人は家を出て、城下の武士になっている。これは二男三男の処分方法としても、いたって便宜なことで、昔ならば叡山か高野へでも送るか、しからざれば永年武者修業でもした挙句に、どこかで槍先の功名を現わすというところであるが、新領主の方から、在所におりたくば純然たる農になれ、刀を挿したくば出でて仕えよという命令を受けたのであるから、ここに一門相談の上、温厚なる総領は家に残り、活気のある二三男は奉公をして、禄を稼いだということ