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いえのはなし

家の話

柳田 国男

「奉公」奉公会、1918(大正7)年1月~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,799 字 · 23 页

青空文庫

、後世と異なって傭主たる商人の方から、よほど進んで求めぬとそういう少年が得にくかったに相違ないが、それにもかかわらずかくのごとくして田舎者を求めたのである。ことに面白いのは江戸でも大阪でも商家に養子の制度が盛んに行われた事で、この風延いては今日にまで伝わり、田舎者の事務に熟練して腹のしっかりした者は、年々引き上げられて大家の相続人になった。つまり以前の商業が特別の伎倆、尋常以上の人格を要求したので、自然と男子を捨てて女婿に相続をさせる必要が生じたのである。

それから久しからずして田舎の人口がいっぱいになって溢れる時代が来た。もはや附近には開くべき新田もなく、天下泰平にして子孫繁殖し、弟や次男三男の家に用のないものが、求めて今のごとく商家の奉公を希望するようになって、今度は外部からまさに沈滞せんとする商業界を刺戟するようになった。そうしてかくのごとき丁稚生活からたたき上げる地位が満員になってから後、さらに中年者の都会出稼ぎということが旺んになった。ちょうど大岡裁判の越後伝吉の話などがその一例で、おそらくはあの頃から北陸地方の、冬分田畑に雪があって農作に従事することのできぬ地方から何か仕事があるだろうと、都会へやって来て極度の忍耐勤勉をもって家を興す風習が、初まったものと考えられる。