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いえ

家

島崎 藤村

02 (下)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 141,411 字 · 285 页

青空文庫

思わず森彦は郷里の方の言葉を出した。そして、旧家の家長らしい威厳を帯びた調子で、博愛、忍耐、節倹などの人としての美徳であることを語り聞かせた。久しく森彦の傍に居なかったお延は、何となく父を憚るという風で、唯黙って聞いていた。

「や、菓子をくれるのを忘れた」

と森彦は思付いたように笑って、袂の内から紙の包を取出した。やがて、家の内を眺め廻しながら、

「どうもここの家は空気の流通が好くない。此頃から俺はそう思っていた。それに、ここの叔父さんのようにああ煙草をポカポカ燻したんじゃ……俺なぞは、毎晩休む時に、旅舎の二階を一度明けて、すっかり悪い空気を追出してから寝る。すこしでも煙草の煙が籠っていようものなら、もう俺は寝られんよ」

こうお延に話した。彼は娘から小刀を借りて、部屋々々の障子の上の部分をすこしずつ切り透した。

「延――それじゃ俺はこれで帰るがねえ」

「あれ、阿父さんは最早御帰りに成るかなし」

「今日は叔父さんも一寸帰って来るそうだし――そうすれば俺は居なくても済む。丁度好い都合だった。これからもう一軒寄って行くところが有る。復た泊りに来ます」

家の方を案じて、三吉は夕方に病院から戻った。