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いえ
家
島崎 藤村
02 (下)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 141,411 字 · 285 页
老人は窓際につかまりながら、娘や孫の方をよく見たが、やがて自分の席に戻って、暗然と首を垂れた。駅夫は列車と見送人の間を馳せ歩いた。重い車の廻転する音が起った。
「阿爺さんも――ひょっとすると、これが東京の見納めだネ」
と三吉は、妻と一緒に見送った後で、言った。
五月に入っても、未だ正太は遊んでいた。森彦の方は、新しい事業に着手すると言って、勇んで名古屋へ発って行った。
「正太さんもどうか成らないか。ああして遊ばせて置くのは、可惜いものだ」と三吉は心配そうにお雪に話して、甥の様子を見る為に、駒形の方へ出掛けた。
例の石垣の下まで、三吉は歩いた。正太の家には、往来から好く見えるところに、「貸二階」とした札が出してある。何となく家の様子が寂しい。三吉が石段を上って行くと、顔を出した老婆まで張合の無さそうな様子をしていた。
正太夫婦は揃って町へ買物に出掛けた時であった。程なく帰るであろう、という老婆を相手にして、しばらく三吉は時を送った。二階は貸すと見えて、種々な道具が下座敷へ来ている。玻璃障子のところへ寄せて、正太の机が移してあって、その上には石菖蒲の鉢なぞも見える。