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いえ

家

島崎 藤村

02 (下)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 141,411 字 · 285 页

青空文庫

「オヤ、可笑しい、母さんのお乳を捜したりなぞして」

と豊世に言われて、子供は母親の懐に入れた手を引込ました。

「ナイナイしましょう」とお雪は懐を掻合せながら子供に言った。

「そう言えば、叔母さんは復たお出来なさいましたんでしょう……どうも此頃から、そうじゃないかッて、老婆とも御噂をしていましたよ」

豊世はお雪の方を見た。お雪はすこし顔を紅めて、微笑んだ。

「お雪」と三吉は妻に、「何か豊世さんの許の道具で、お前の方に頂きたいものが有るかい」

お雪は気の毒そうに、「そうですねえ……じゃ、豊世さんの裁物板と、それから張板でも譲って頂きましょうか」

「あの張板なぞは、宅でまだ川向に居ました時分、わざわざ檜木で造らせたんですよ。長く住む積りでしたからねえ。とにかく、道具屋に一度見せまして、直段を付けさした上で、また申上げましょう」

豊世は心細そうに震えた。とかく話は途切れ勝であった。

豊世が帰って行く頃、三吉は独り二階の部屋へ上って、北側の窓のところに立った。屋根、物干などの重なり合っている間には、春らしく濁った都会の空気や煙を通して、ゴチャゴチャ煙筒の立つ向うの町つづきに、駒形の方の空を望むことも出来た。