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いえ
家
島崎 藤村
01 (上)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,748 字 · 254 页
三
「直樹さんと来た時は沓掛から歩きましたが、途中で虻に付かれて困りましたッけ」
「ええ、蠅だの、蚋だの……そういうものは木曾路の名物です。産馬地の故でしょうね」
こんな言葉を、三吉と正太とは車の上と下とで取換した。
ノンキな田舎のことで、馬車は容易に出なかった。三吉は車の周囲に立って見送っている達雄や嘉助や若い手代達にも話しかける時はあった。待っても待っても他に乗合客が見えそうもないので、馬丁はちょっと口笛を吹いて、それから手綱を執った。車は崖について、朝日の映った道路を滑り始めた。二月ばかり一緒にいた人達の顔は次第に三吉から遠く成った。
三
弟の三吉が帰るという報知を、実は東京の住居の方で受取った。小泉の実と橋本の達雄とは、義理ある兄弟の中でも殊に相許している仲で、旧い家を相続したことも似ているし、地方の「旦那衆」として知られたことも似ているし、年齢から言ってもそう沢山違っていなかった。
実は、達雄のように武士として、又薬の家の主人としての阿爺を持たなかったが、そのかわりに、一村の父として、大地主としての阿爺を持った。父の忠寛は一生を煩悶に終ったような人で、思い余っては故郷を飛出して行って国事の為に奔走するという風であったから、実が十七の年には最早家を任せられる程の境涯にあった。