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いえ

家

島崎 藤村

01 (上)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 126,748 字 · 254 页

青空文庫

稲垣の家は近かった。三吉はお雪を連れて、その方に移されていた宗蔵を訪ねた。この病人の兄は例の縮かまったような手を揉んで、「遠方から御苦労様」という眼付をして、弟の妻に挨拶した。

「宗さんには逢った。これから森彦さんの許だ」と三吉は稲垣の家を出てから言った。

「その兄さんは何を為さる方ですか」こうお雪が聞いた。

長いこと森彦は朝鮮の方に行っていた。東亜の形勢ということに眼を着けて、その間種々な方面の人に知己の出来たことや、時には貿易事業に手を出したことなどは、大体の輪廓だけしか身内の者の間に知られていなかった。それから帰って来て、以前尽力した故郷の山林事件の為に、有志者を代表して奔走を続けている。この兄は、一平民として、地方の為に働きつつあるとは言える。しかし、何――屋とか、何――者とか、一口に話せないような人であった。

「まあ、俺と一緒に行って、逢ってみるが可い」

三吉はこんな風に言ってみた。

森彦の旅舎へは、お俊も三吉夫婦に伴われて行った。二階の座敷には熊の毛皮などが敷いてあって、窓に寄せて、机、碁盤の類が置いてある。片隅に支那鞄が出してある。室内の心地よく整頓された光景を見ても、長く旅舎住居をした人ということが分る。