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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

年寄の歩みはたどたどしいにしても翁は次いで三日も歩んだ麓の幅を計ることはできなかった。

これはひょっとしたらいくつかの山の麓が重り合っているのではないかと翁は疑った。でなければ、麓の丸の縁に取り付いてぐるぐる廻りをしているのではあるまいかとも思った。

雲の裾は、今度は数間の丈けに掠り除られ、そのまま止まって少しも動かなくなった。その拡ごりの隙より、今や見る土量の幅は天幅を閉ぎて蒼穹は僅かに土量の両鰭に於てのみ覗くを許している土の巨台に逢着した。翁は呆れた。これが普通いう山の麓であることか、おおらおおら。

翁は、慄えながら行き合せた野の人に訊ねた。そして、山は福慈岳、います神は福慈神というのであると教えられた。

たそがれは天地に立籠め、もの皆は水のいろに漂いはじめたが、ただ一つ漂わされぬものがあって山ふもとの薄明りの野に、一点の朱を留めていた。それは庭の祭りのかがり火であった。神楽の音も聞えて来る。

かがり火は、薪木の性と見え、時折、ぷちぱちと撥ね、不平そうに火勢をよじりうねらすが、寂莫たる天地は何の攪き乱さるる様子もなく、天地創ってこのかた、たそがれちょうものの待つ、それは眠るにも非ず覚めたるにも非ざる中間に於て悠久なるものを情緒に於て捉えようとするかれ持前の思惟の仕方を続けている。