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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
岳神が変貌して、そしてこういうふうに言い出すとき、その「わたくし」は、最早岳神みずからのことを指すのではなかった。岳神が冥合しているところの山そのものを岳神の上で語らしめるその「わたくし」であった。
山の祖神はさすがに、それとすぐ感じ取り、啓示を聴く敬虔な態度で、両の掌を組み合せ、篝火越しに聴こうとする。組んだ指の一二本だけ、組み堅め方を緩めて、ひょくひょく蠢めかしているのは、娘が何を言い出すことやらと、まだ、親振った軽蔑の念と好奇心と混ったものを山の祖神がいささか心に蓄えていることの現れと見れば見られる。
「わたくしが、わたくし自身を知ったということの誇らしさ、また、辛さ。それを何とお話したらよいでございましょう。判って頂ける言葉に苦しみます。ここでは、ただそれが、いのちを張り裂くほどの想いのもので……而かも、たとえ、いのちが張り裂けようとて、心は狂いも、得死ぬことすら許されず、窮極の緊張の正気を続けさせられるという気持のものであるというぐらいしか申上げられないのを残念に思います」
と言って、女神は、ここで溜息を一つした、白い息が夜気に淡くにじんだ。