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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
いやさ、これほど出来上った山やおまえに何の力や性格を増し加えようというのだ、慾張り」
女神は、しばらく黙って父の翁のいう言葉の意味の在所を突き止めていたが、やがて溜息をついたのち、静にいった。
「結局、おとうさまは、山の祖神の癖にこの福慈神だけはお知りになっていないことに帰着いたしますわね。よろしゅうございます、暁の祭までにはまだ間の時刻もございます。お話いたしましょう」
といって、ちょっと美しく目を瞑り考えを纏めているようだったが、こう語り出した。
「おとうさま、この福慈岳は火を背骨に岩を肋骨に、砂を肉に附けていて少しの間も苦悩と美しさと成長の働をば休めない大修業底の山なのでございますわ。見損じて下さいますな」
雨気が除かれたかして星が中天に燦めき出した。天空より以下巨大な三角形の影をもちて空間を阻み星が燦めきあえぬ部分こそ夜眠の福慈岳の姿である。頂の煙のみ覚めてその舌尖は淡く星の数十粒を舐っている。
「わたくしが」
と福慈の女神は静に言葉をついだ。女神の顔は氷花のように燦めき、自然のみが持つ救いのない非情と、奥底知れない泰らかさとが、女神の身体から狭霧のようにくゆり出す。