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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
女は笑いながら、しかし拵えたものでなく、自然に、このことをおかしみ笑える自分を、男に見せられなかったのを残念に思った。そこにすでに男の虚勢を見透し、見透すがゆえに、余裕綽々とした自分であることを男に示したかった。その余裕から一層男を焦らせて、牽付け度い女の持前の罪な罠もあろう。
笑ったあとで、女は富士を見上げた。はつ秋の空にしんと静もり返っている。山は自分の気持の底を見抜いていて、それはたいしたことはない、しかしいまの年頃では真面目にやるがよいといっているようでもある。
高い峯を起して、鳥が渡って行く。次に次に。
それは水溜りの泡の湧玉のように無限に尽きない。絶頂をわざわざ越す鳥は純な鷺だけだといわれているが、あの鳥はそうなのか。
女は、
「ばかにしている」
といって、つまらなさそうに、桔梗の莟の枝を水溜りに投込んだ。落魄れた館へ帰って行った、
二三日経って女はまた湧玉の水のほとりで、男と会った。男は、手頃に傷けてまだ息を残さしてある雄鹿を小脇に抱えていた。女を見出すと、片息の鹿を女の足元に抛り出した。それから身体中が辛痒ゆい毒の歯に噛まれでもするようにくねらせた。